「時間がなくて出来ていません」。
あなたは部下からこの言葉を何度聞いたことがあるでしょうか。
そして、その言葉をそのまま受け止めて、 「忙しいのだから仕方ない」
と納得してしまってはいないでしょうか。
営業の現場では日々、顧客対応や提案書作成、社内報告といった業務が押し寄せてきます。
確かに部下は忙しいかもしれません。
しかし、同じ業務量でも成果を出し続ける営業担当者がいる一方で、
いつも「時間がない」と言いながら成果が上がらない担当者もいます。
この差はどこから生まれるのでしょうか。
実は「時間がない」という言葉の背後には、 時間そのものの不足ではなく、
もっと本質的な問題が潜んでいます。
そしてその問題を見抜き、適切に対処することこそが、
営業マネージャーに求められる重要な役割なのです。
今回は、部下の「時間がない」という言葉に隠された3つの真因と、
それぞれに対する具体的な対処法をお伝えします。
「時間がない」という言葉をそのまま受け取っていないか
多くの営業マネージャーは、部下から「時間がなくて出来ていません」と報告を受けたとき、
それを額面通りに受け取ってしまいます。
「そうか、忙しいんだな」
「人手が足りないのかもしれない」
と考え、追加のリソースを検討したり、期限を延ばしたりという対応をとります。
しかし、これは本質的な解決にはなりません。
なぜなら、部下が本当に伝えたいのは
「物理的に時間が足りない」ということではなく、多くの場合
「何をどう進めればいいかわからない」
「どれを優先すべきか判断できない」
「今のやり方では終わる気がしない」
といった別の悩みだからです。
ある会社では、常に「時間がない」と訴える営業担当者の1週間の行動を詳しく確認したところ、
実は業務時間の30パーセント以上が、成果に直結しない社内資料の作成や、
必要以上に丁寧な顧客向けメールの推敲に費やされていました。
本人は一生懸命働いているつもりでしたが、時間の使い方そのものに問題があったのです。
マネージャーが「時間がない」という言葉をそのまま受け取ってしまうと、
部下は自分の抱える本質的な問題に気づかないまま、
同じパターンを繰り返し続けることになります。
その結果、いつまでたっても成果が上がらず、部下自身も疲弊していきます。
ここで重要なのは、「時間がない」という訴えを、
問題の本質を探るための入口として捉えることです。
表面的な言葉の裏側にある真の課題を見抜き、
そこにアプローチすることで、部下の生産性は劇的に変わります。
真因① 優先順位が見えていない―重要度と緊急度の混同
「時間がない」と訴える部下の多くが抱えている第一の真因は、優先順位が見えていないという問題です。
より正確に言えば、重要度と緊急度を混同し、目の前の緊急タスクに追われるあまり、
本当に重要な業務に時間を割けていないのです。
- 営業担当者の一日を観察してみると、
- メールの返信、
- 突発的な顧客からの問い合わせ対応、
- 上司からの急な依頼
といった緊急性の高いタスクが次々と飛び込んできます。
これらに対応しているうちに一日が終わり、本来最も重要であるはずの
- 新規顧客開拓や提案書の作成
- 既存顧客との関係深耕
といった業務が後回しになってしまいます。
そして週末になって「今週も重要な仕事ができなかった。時間が足りない」という感覚に陥るのです。
ある会社では、トップ営業担当者と成果の上がらない担当者の時間の使い方を比較分析しました。
その結果、両者とも同じくらい忙しく働いていましたが、決定的な違いが一つありました。
トップ営業担当者は、一日のうち必ず2時間から3時間を「重要だが緊急ではない業務」に確保していたのです。
具体的には、中長期的な顧客関係構築のための訪問計画や、大型案件の戦略立案などです。
一方、成果の上がらない担当者は、一日中緊急タスクに追われ、
このような時間をほとんど確保できていませんでした。
この問題の根本には、部下自身が何が本当に重要なのかを理解できていない、
あるいは理解していても緊急タスクの圧力に負けて実行できていないという状況があります。
マネージャーが行うべき優先順位の可視化支援とは、まず部下と一緒に業務を洗い出し、
それぞれを「重要度」と「緊急度」の二軸で整理することです。
この作業を通じて、部下は自分が緊急タスクばかりに時間を取られていることに気づきます。
次に重要なのは、「重要だが緊急ではない業務」に取り組む時間をスケジュールに明示的にブロックすることです。
ある会社では、営業マネージャーが部下に対して、
毎週月曜日の午前中は必ず新規開拓のための活動に充てるというルールを設定しました。
最初は抵抗もありましたが、3か月後には新規案件の創出数が倍増し、
部下自身も「時間がない」という言葉を口にする頻度が減りました。
また、緊急タスクへの対応についても見直しが必要です。
すべての緊急タスクに即座に対応する必要があるわけではありません。
メールの返信は必ずしもすぐに行う必要はないかもしれませんし、
一部の顧客対応は他のメンバーに任せることもできます。
マネージャーは部下と一緒に、緊急タスクの中で本当に即座の対応が必要なものとそうでないものを見極める基準を作り、
緊急の圧力から部下を解放してあげる必要があります。
さらに、定期的な1on1ミーティングで、部下が重要業務に時間を使えているかを確認し続けることも大切です。
単に「進捗はどうか」と聞くのではなく、「今週、最も重要だと考える業務にどれくらい時間を使えたか」
と具体的に問いかけることで、部下の意識も変わっていきます。
真因② 非効率な業務プロセスに気づいていない―慣習の罠
第二の真因は、部下が非効率な業務プロセスに気づいていない、
あるいは気づいていても「これが当たり前」と思い込んでいることです。
長年続けてきた業務のやり方を疑うことなく踏襲し、
無駄な作業に多くの時間を費やしているケースは驚くほど多いのです。
営業の現場では、慣習として受け継がれてきた業務が数多く存在します。
毎週作成する定例報告書、顧客への提案書の過剰な装飾、
必要以上に詳細な議事録、形骸化した社内会議などです。
これらの多くは、かつては必要だったかもしれませんが、
現在の環境では価値を生んでいません。
しかし、「先輩からこうやれと教わった」「いつもこうしている」という理由だけで継続されています。
ある会社では、営業担当者が毎週金曜日に作成する週報に平均2時間を費やしていました。
しかし、その週報を実際に読んで活用している人はほとんどいませんでした。
マネージャーが週報のフォーマットを大幅に簡素化し、箇条書きで5分で書けるものに変更したところ、
部下たちは「これだけで十分なのか」と驚きながらも、週に2時間の時間を創出できました。
また、別の会社では、顧客への提案書作成に異常に時間がかかっている営業担当者がいました。
詳しく見てみると、デザインや体裁に過度にこだわり、1ページ1ページを完璧に仕上げようとしていました。
マネージャーが「顧客が本当に知りたいのは内容であって、見た目ではない。
シンプルなフォーマットで十分だ」と伝え、標準テンプレートを用意したことで、
提案書作成の時間が半分以下になりました。
このような非効率なプロセスが放置される背景には、
マネージャー自身も同じやり方を続けてきたため、それを疑う視点を持っていないという問題があります。
「自分もこうやってきた」という経験が、かえって非効率を温存する要因になっているのです。
マネージャーが行うべき業務プロセス見直しの第一歩は、部下の業務を一つひとつ観察し、
「この作業は本当に必要か」
「この品質レベルは本当に求められているか」
「もっと簡単なやり方はないか」
と問い続けることです。
ある会社では、マネージャーが部下の一週間の業務をすべて書き出させ、
それぞれについて「やめる」「減らす」「変える」「続ける」の4つに分類する作業を行いました。
すると、業務の約20パーセントは完全にやめても問題ないもの、
30パーセントは頻度や品質を落としても支障がないものだということが判明しました。
この見直しだけで、部下は週に10時間近くの時間を創出できました。
また、業務の標準化とテンプレート化も有効です。毎回ゼロから考えて作業するのではなく、
過去の成功事例をテンプレート化し、それをベースに必要な部分だけをカスタマイズする方式に変えることで、
時間を大幅に短縮できます。
重要なのは、マネージャー自身が「今までこうやってきた」という思い込みから脱却し、
常に業務プロセスを疑い、改善し続ける姿勢を示すことです。
そして部下に対しても、「効率化できることがあれば提案してほしい」と伝え、
改善を促す文化を作ることが大切です。
真因③ 時間管理スキルそのものが不足している―育成の欠如
第三の真因は、部下が時間管理スキルそのものを持っていないという問題です。
これまでの日本企業では、時間管理を体系的に教育する機会がほとんどなく、
個人の努力や経験に任せてきました。
その結果、基本的な時間の使い方やタスク管理の方法を知らないまま、
ただ目の前の仕事に追われている営業担当者が少なくないのです。
時間管理スキルの不足は、さまざまな形で現れます。
一日の計画を立てずに場当たり的に仕事をする、
複数のタスクを同時進行して結局どれも中途半端になる、
締切ギリギリまで着手せず直前に慌てる、集中できる時間帯を活用できていない、
といった行動パターンです。
ある会社では、成果の上がらない営業担当者に1週間の行動記録をつけてもらったところ、
本人が「集中して仕事をしていた」と思っていた時間の実態が明らかになりました。
実際には、15分ごとにメールチェックで中断され、電話対応で集中が途切れ、
同僚との雑談で作業が止まっていました。
本人は「一日中働いていた」という感覚でしたが、実際に深い集中状態で仕事をしていた時間は
合計しても2時間に満たなかったのです。
時間管理スキルの不足は、本人の努力不足ではなく、育成の欠如が原因です。
マネージャーがこれまで、成果だけを求めて、
どうやって時間を使うかという過程を教えてこなかったことが問題の根本にあります。
マネージャーが行うべき時間管理能力の育成として、
まず基本的なタイムマネジメントの技術を教えることから始めます。
たとえば、一日の始まりに必ず今日やるべきことを3つ決める習慣、
重要な業務は午前中の集中できる時間帯に配置する方法、
タスクを小さく分解して取り組みやすくする技術などです。
ある会社では、マネージャーが部下に対して毎朝5分間の計画タイムを義務づけました。
その日の最重要タスクを3つ決め、それぞれにかける時間を見積もり、
スケジュールに落とし込むという作業です。
最初は面倒がっていた部下も、2週間続けると
「一日の見通しが立つようになった」
「終わらない不安が減った」
と変化を実感するようになりました。
また、マネージャー自身が時間管理の手本を示すことも重要です。
自分がどのように一日を計画し、優先順位をつけ、集中時間を確保しているかを部下に見せることで、
部下は具体的なイメージを持つことができます。
ある会社では、マネージャーが毎週のチームミーティングで、
自分の1週間の時間の使い方を共有し、うまくいったこと、失敗したこと、
次週改善したいことを話すようにしました。このオープンな姿勢が、
部下たちも自分の時間管理を見直すきっかけになり、チーム全体の生産性向上につながりました。
さらに、部下の時間管理を継続的にサポートする仕組みも必要です。
月に一度、部下と一緒に時間の使い方を振り返り、う
まくいっている点と改善すべき点を話し合う時間を設けます。
この振り返りを通じて、部下は自分の時間管理の癖に気づき、少しずつ改善していくことができます。
時間管理スキルは、一度教えればすぐに身につくものではありません。
マネージャーが根気強く、継続的に関わり続けることで、
部下は徐々に時間を有効に使える人材へと成長していきます。
3つの真因を見抜くための観察ポイントと対話の技術
ここまで3つの真因とその対処法を見てきましたが、
実際の現場では、部下が抱える問題がどの真因に該当するのかを見極めることが重要です。
そのためには、マネージャーが適切な観察ポイントを持ち、効果的な対話を行う必要があります。
まず観察のポイントとして、部下の日常的な行動パターンに注目します。
常に何かに追われているように見えるか、特定の業務に異常に時間がかかっているか、
同じ種類の業務を繰り返し後回しにしているか、といった行動から、問題の所在が見えてきます。
優先順位の問題を抱えている部下は、緊急の案件には素早く対応する一方で、
重要だが緊急ではない業務をいつも先送りにしています。
月次の営業戦略を立てる時間がない、重要顧客との中長期的な関係構築ができていない、
といった状況が見られたら、真因①の可能性が高いでしょう。
非効率なプロセスに囚われている部下は、
同じ業務に他の人の倍以上の時間をかけていたり、必要以上に完璧を求めて細部にこだわっていたりします。
報告書の体裁に何時間もかける、提案書を何度も作り直す、といった行動が見られたら、
真因②を疑う必要があります。
時間管理スキルが不足している部下は、計画性のない働き方をしています。
朝来て何から手をつけるか迷っている、複数のタスクを中途半端に並行して進めている、
締切直前に慌てて仕上げることが多い、といった様子が見られたら、
真因③に該当します。
観察と合わせて重要なのが、効果的な対話です。ここで大切なのは、
いきなり解決策を押しつけるのではなく、部下自身に気づかせる質問を投げかけることです。
「今週、最も重要だと思う業務は何か」
「それにどれくらい時間を使えたか」
と聞くことで、部下は自分が重要業務に時間を割けていないことに気づきます。
「この報告書を作るのに何時間かかっているか」
「その時間に見合う価値があると思うか」
と問いかけることで、非効率なプロセスに目が向きます。
「今日一日をどう計画しているか」
「集中して仕事ができる時間帯はいつか」
と尋ねることで、時間管理の意識が高まります。
ある会社では、マネージャーが「時間がない」と訴える部下に対して、
「では、今あなたが抱えている業務を全部書き出してみよう」と提案しました。
そして一つひとつについて、
「これは誰のための業務か」
「これをやらないとどうなるか」
「この品質レベルは本当に必要か」
と一緒に考えていきました。
この対話を通じて、部下は自分が不要な業務に時間を取られていることに気づき、
自ら優先順位を見直すようになりました。
対話の際に避けるべきなのは、部下を責めたり、頭ごなしに指示を出したりすることです。
「なぜこんなに時間がかかるのか」「こうすればいいだろう」という言い方では、
部下は防衛的になり、本質的な問題解決につながりません。
あくまで部下の現状を理解し、一緒に考える姿勢を示すことが大切です。
また、一度の対話ですべてを解決しようとする必要はありません。
継続的に観察し、定期的に対話を重ねることで、部下は少しずつ変化していきます。
マネージャーの役割は、その変化を根気強く支援し続けることなのです。
まとめ―明日から始める一歩
部下の「時間がない」という言葉の裏側には、
- 優先順位が見えていない、
- 非効率な業務プロセスに気づいていない、
- 時間管理スキルそのものが不足している、
という3つの真因が潜んでいます。
そしてこれらは、部下個人の問題ではなく、マネージャーの関わり方次第で解決できる課題です。
真因①の優先順位の問題には、
部下と一緒に業務を重要度と緊急度で整理し、
重要業務に取り組む時間を明示的にスケジュールに組み込むことで対処します。
真因②の非効率なプロセスには、
一つひとつの業務を見直し、やめる・減らす・変えるという視点で改善を進めます。
真因③の時間管理スキル不足には、
基本的なタイムマネジメント技術を教え、継続的にサポートする仕組みを作ります。
これらの対処を実行するために、あなたが明日からできることがあります。
まず、「時間がない」と訴える部下を一人選び、その部下と30分の対話の時間を設けてください。
そこで
「今週、最も重要だと思う業務は何か」
「それにどれくらい時間を使えたか」
「時間を奪っている業務は何か」
と問いかけてみてください。
その対話から見えてきた課題に対して、
3つの真因のどれに該当するかを見極め、本稿で示した対処法の中から一つを選んで実践してください。
すべてを一度に変えようとする必要はありません。
小さな一歩から始めることが、部下の変化、そしてチーム全体の生産性向上につながります。
「時間がない」という言葉を、問題の入口として捉えてください。
その先にある本質的な課題を見抜き、適切に関わることができれば、
部下は必ず変わります。
そして部下の変化は、あなたのマネジメントの成果となり、組織全体の力を強化していくのです。
今日この瞬間から、部下への関わり方を変えてみませんか。