IT企業の売上拡大を目指すプランを作成する際の二本柱 ― 経営戦略理解とIT投資フォーキャスト、両輪で進めるアカウントプランニング

目次

はじめに:アカウントプランニングにおける二つの重要アプローチ

あなたは顧客のアカウントプランを作成する際、どのようなアプローチを取っていますか? 多くの場合、「顧客の経営戦略を深く理解し、 そこから貢献できる点を探す」というアプローチと、 「顧客が策定したIT投資のフォーキャストに沿ってプランを検討する」 という二つの方向性があります。

どちらが正しいのでしょうか?

実は、これは二者択一の問題ではありません。

両方のアプローチには固有の強みと価値があり、 どちらか一方だけに偏ることなく、両方を適切に組み合わせることこそが、 真に価値あるアカウントプランを生み出す鍵となります。

ある会社では、長年にわたり主要顧客の経営戦略理解に注力してきましたが、 顧客が明確に策定していたIT投資計画を軽視したことで、 実際の予算サイクルとのミスマッチが生じ、提案の大部分が実現しませんでした。

一方で、別のある会社では、顧客のIT投資フォーキャストだけに沿った提案を続けた結果、 「単なるベンダー」というポジションから抜け出せず、 より戦略的なプロジェクトは競合に奪われていきました。

今回は、IT基盤構築に携わる企業が、経営戦略理解型アプローチとIT投資フォーキャスト型アプローチをどのように組み合わせ、最大の成果を上げるかについて、具体的な事例とともに解説していきます。

経営戦略理解型アプローチの価値と実践法

経営戦略理解型アプローチとは、 顧客の経営ビジョン、中長期計画、業界動向、競合状況などを深く理解し、 そこから自社が貢献できるポイントを見出してアカウントプランを構築する方法です。

このアプローチの最大の価値は、 顧客のビジネス成果に直結するIT基盤提案が可能になることです。

ある会社では、大手製造業の顧客に対して、 単に「クラウド基盤の導入」という提案ではなく、 その顧客が中期経営計画で掲げていた「グローバルでの生産効率化と新興国市場開拓」 という目標に紐づけて、「グローバルでの統合生産管理システムの基盤構築」 として提案しました。 このアプローチにより、 IT部門だけでなく経営層の理解も得られ、大規模プロジェクトの受注に成功しました。

経営戦略理解型アプローチを実践するためには、以下の点が重要です。

まず、顧客の公開情報(IR資料、経営計画、記者会見内容など)を徹底的に研究することが出発点となります。

ある会社では、営業担当者が顧客の決算説明会資料を毎四半期分析し、 経営層の発言の変化を追跡する習慣を持っていました。これにより、 顧客が来期に注力する事業領域を早期に特定し、先回りした提案が可能になったのです。

次に、顧客組織内の様々なレベルの関係者と対話を重ねることが不可欠です。 IT部門だけでなく、事業部門や経営企画部門との関係構築も進めるべきです。 ある会社では、顧客のCIOとの関係は良好でしたが、 事業部門のニーズを十分に把握できていませんでした。 そこで、事業部門との対話の機会を意識的に増やし、 本当の経営課題を引き出すことに成功しました。

結果として、「コスト削減」だけでなく 「競争優位性の確立」につながるIT基盤提案ができるようになりました。

また、業界全体の動向や競合他社の動きを理解することも重要です。 ある会社では、顧客の業界における技術トレンドや規制変更に関する勉強会を定期的に開催し、 営業チーム全体の理解度を高めていました。 このように業界の文脈を理解することで、顧客が直面している真の課題を察知し、 より的確な提案が可能になります。

経営戦略理解型アプローチの真の価値は、 顧客にとって「単なるIT基盤ベンダー」ではなく 「ビジネスパートナー」というポジションを確立できる点にあります。

しかし、このアプローチだけでは、 顧客の具体的な予算計画や短期的なIT投資サイクルを見落とすリスクがあることを 忘れてはなりません。

IT投資フォーキャスト型アプローチの強みと活用術

一方のIT投資フォーキャスト型アプローチは、 顧客が既に策定しているIT予算計画や投資ロードマップを出発点として、 そこに自社のソリューションをいかに組み込むかを検討する方法です。

このアプローチの強みは、顧客の実際の予算サイクルや優先順位に沿った、 実現可能性の高い提案ができる点にあります。

ある会社では、金融機関の顧客がすでに3年間のIT投資計画を詳細に策定していることを知り、 まずはその計画に記載されていた「セキュリティ基盤の刷新」という項目から提案を始めました。顧客の予算枠と優先順位が明確だったため、提案から導入までのスピードが格段に速まり、 早期に実績を作ることができました。 この成功体験が、その後のより戦略的な提案へと発展していったのです。

IT投資フォーキャスト型アプローチを効果的に実践するためには、以下のポイントが重要です。

何より重要なのは、顧客のIT部門との強い信頼関係です。 ある会社では、四半期ごとに顧客のIT予算執行状況をレビューする場を設け、 変化する優先順位を常に把握していました。 また、年度末の予算消化や翌年度の予算確定時期に合わせたタイムリーな提案を行い、 高い受注率を実現していました。

また、顧客のIT投資計画の背景にある理由を深掘りする姿勢も重要です。 ある会社では、単に「今年度はクラウド移行に5億円の予算がある」という事実だけでなく、 なぜその予算が割り当てられたのか、 どのようなKPIが設定されているのかまで理解することで、 顧客の真のニーズに応える提案ができました。

さらに、顧客のIT投資計画の中で、 表面的には明示されていない「隠れた予算」を見つけることも重要です。

ある会社では、顧客の「運用保守費」という固定的な予算枠の中から、 自動化ソリューションの導入による長期的なコスト削減を提案し、 従来は難しかった新規投資を実現させました。

IT投資フォーキャスト型アプローチは、 確実な受注と着実な関係構築につながる強みがありますが、 このアプローチだけに頼ると、顧客の経営課題に対する深い理解が欠如し、 より付加価値の高い提案ができなくなるリスクがあることも認識しておく必要があります。

事例で見る:片方だけに依存した際の課題と限界

両方のアプローチをバランスよく活用することの重要性を、実際の事例から見ていきましょう。

ある会社は、大手小売業の顧客に対して、徹底した経営戦略理解型のアプローチを取りました。 顧客のオムニチャネル戦略を詳細に分析し、「顧客体験の統合と店舗の差別化」という経営課題に対応する先進的なデジタル基盤を提案しました。 コンセプト自体は顧客の経営層から高く評価されたものの、当該年度のIT投資計画には組み込まれておらず、予算確保の見通しが立ちませんでした。 結果として、素晴らしいコンセプトは「いつか実現したい構想」として 棚上げされてしまいました。

この事例からわかるのは、経営戦略理解型アプローチだけでは、 顧客の予算サイクルや投資優先順位との整合性を欠き、 実現可能性が低くなるリスクがあるということです。

逆に、別のある会社では、大手物流企業の顧客に対して、 完全にIT投資フォーキャスト型のアプローチを取りました。

顧客が策定した「レガシーシステムのリプレース計画」に沿って、 着実に提案と導入を進めていましたが、顧客の経営層が推進していた 「物流DX構想」との接点を作れず、そのプロジェクトは競合他社に獲得されてしまいました。 さらに、業界が急速に変化する中で、 単なるリプレースではなくビジネスモデル変革に対応するシステム再構築が 必要だったにもかかわらず、その視点が欠けていたため、 顧客の期待に応えられない結果となりました。

この事例は、IT投資フォーキャスト型アプローチだけでは、 顧客の経営課題や業界変化への対応が不十分となり、 長期的な価値提供や戦略的なポジショニングが難しくなることを示しています。

このように、どちらか一方のアプローチのみに依存することは、 様々な限界があります。経営戦略理解だけでは実現性に乏しく、 IT投資フォーキャストだけでは付加価値が限定されてしまうのです。

相乗効果を生み出す:二つのアプローチを統合する方法

では、この二つのアプローチをどのように組み合わせれば良いのでしょうか。 成功事例を通じて、その方法を探っていきましょう。

ある会社は、顧客に対して、両方のアプローチをうまく統合した例です。

まず、顧客のIT投資フォーキャストに基づき、 当年度に予定されていた「研究データ管理システムの更新」 をベースにした提案を準備しました。

しかし、単なるシステム更新ではなく、 顧客の経営戦略にあった「研究開発のグローバル展開加速」という目標に紐づけ、 将来のグローバル研究協力体制を見据えたデータ管理基盤という観点から提案を行いました。

この提案は、 IT部門からは「予算内でタイムリー」、 経営層からは「経営課題に対応している」と、

双方から高い評価を得ました。そして実際の導入後、 当初の予算計画を越えた追加機能の拡張にも成功し、 最終的には顧客の研究開発戦略全体に関わる長期的パートナーシップに発展したのです。

このような統合アプローチを実践するためには、以下のポイントが重要です。

まず、「現在の予算枠内で始められる」かつ「将来的な拡張性を持つ」提案を心がけることです。ある会社では、顧客のIT投資計画にあった「運用管理ツール導入」を起点にしながらも、 顧客の経営戦略にあった「柔軟なワークスタイル変革」に貢献する基盤として位置づけ、 段階的な拡張ロードマップを含めた提案を行いました。

これによって、初期投資を抑えながらも、長期的な視点を共有することに成功したのです。

次に、顧客のIT部門と事業部門、両方の視点を取り入れることです。

ある会社では、IT担当者との定例ミーティングだけでなく、 四半期に一度は事業責任者も交えた戦略レビューの場を設け、 IT投資の進捗と経営課題の変化を同時に確認していました。

この方法により、IT予算の範囲内でありながら、 事業インパクトの高いプロジェクトを優先的に進める合意形成ができました。

また、短期的な「Win」と長期的な「Win」を組み合わせる思考も有効です。

ある会社では、まず顧客のIT投資フォーキャストに沿った短期的な「コスト削減」という成果(短期的Win)を出しながら、そこで得た信頼関係をもとに、顧客の経営戦略に沿った「新規事業創出のためのデジタル基盤」という価値(長期的Win)を提案していきました。

この段階的なアプローチで、 確実な実績を積みながら戦略的関係に発展させることができたのです。

二つのアプローチを統合する際に最も重要なのは、 「顧客のIT投資フォーキャストは、その企業の経営戦略の反映である」という視点です。 表面的な予算項目の背後にある経営課題や狙いを深掘りし、 その文脈の中で自社の提供価値を位置づけることが、統合アプローチの本質と言えるでしょう。

顧客タイプ別・状況別の最適なアプローチ選択ガイド

すべての顧客や状況に対して、同じバランスで二つのアプローチを適用するわけではありません。顧客タイプや状況に応じた最適なアプローチ選択が重要です。

まず、顧客の成熟度によってアプローチのバランスは変わります。 IT戦略が経営戦略と緊密に連携している成熟度の高い顧客に対しては、 IT投資フォーキャストをベースにしつつも、 その背景にある経営戦略の文脈を深掘りするアプローチが効果的です。

ある会社では、顧客に対して、すでに精緻に策定されたITロードマップを尊重しながらも、 「顧客体験の差別化」という経営戦略に沿った提案を行うことで、 予算内でより高い価値を生み出す提案が評価されました。

一方、IT投資が場当たり的で経営戦略との連携が弱い顧客に対しては、 経営戦略理解からアプローチし、そこからIT投資の方向性を提案する方が効果的です。

ある会社では、中堅製造業の顧客に対して、断片的なIT投資計画ではなく、 まず「グローバル展開」という経営課題に焦点を当て、 それを実現するためのIT基盤のロードマップを共に作成するアプローチを取りました。

この過程で顧客のIT部門と経営層の対話を促進する役割も果たし、 結果として戦略的なIT投資計画の策定と実行を支援するポジションを獲得できました。

また、顧客との関係性の深さによっても適切なアプローチは変わります。 新規開拓段階では、顧客のIT投資フォーキャストに沿った具体的な提案から始めるのが 現実的です。

ある会社では、新規顧客に対して、 まず「セキュリティ監視サービス」という明確な予算項目から入り、 実績を積み上げていくアプローチで関係構築に成功しました。

しかし、関係が深まるにつれて、 経営戦略理解に基づいたより付加価値の高い提案にシフトしていくべきです。

先の事例の会社では、2年間の関係構築後、 顧客の「働き方改革」という経営課題に対応するセキュリティ基盤の全面刷新を提案し、 単なるサービス提供者から戦略パートナーへとポジションを変革できました。

顧客の置かれた状況によっても、重視すべきアプローチは変わります。

業界が急速に変化している場合や、顧客が経営変革期にある場合は、 経営戦略理解を重視したアプローチが求められます。

ある会社では、デジタル変革に取り組む小売業の顧客に対して、 既存のIT投資計画にはなかった「オムニチャネル顧客体験プラットフォーム」を提案し、 変革期の戦略パートナーとして選ばれました。

逆に、顧客が安定成長期にあり、IT投資も計画的に行われている場合は、 そのフォーキャストに沿ったアプローチを基本としつつ、 さらなる価値を付加する提案を心がけるべきです。

ある会社では、安定した公共機関の顧客に対して、 計画されていた「基幹システム更新」プロジェクトに対し、 予算内で「市民サービス向上」という付加価値を実現する機能拡張を提案し、 差別化に成功しました。

このように、顧客タイプや状況に応じて、 経営戦略理解とIT投資フォーキャストのバランスを適切に調整することが、 アカウントプランニングの成功には不可欠なのです。

まとめ:バランスの取れたアカウントプランニングで実現する顧客価値の最大化

今回は、アカウントプランを作成する際の二つの重要なアプローチ、 「顧客の経営戦略を深く理解するアプローチ」と 「顧客のIT投資フォーキャストに沿って検討するアプローチ」について、

その価値と実践方法を解説してきました。

重要なのは、これらが対立する概念ではなく、相互に補完し合う視点だということです。 経営戦略理解は、なぜそのIT投資が必要なのかという文脈と長期的方向性を与え、 IT投資フォーキャストは、いつ、どのような規模で実現可能かという具体性と実行力を提供します。

成功するIT基盤構築企業は、この両方の視点をバランスよく活用することで、 顧客にとって真の価値を創出しています。

経営戦略を理解せずに単なるIT投資フォーキャストに従うだけでは 「単なるベンダー」止まりとなり、

一方で顧客のIT投資計画を無視して経営戦略だけに基づいた提案では 「絵に描いた餅」になりかねません。

明日からのアカウントプランニングにおいては、以下の実践を心がけてみてください:

  1. 顧客のIT投資フォーキャストを確認する際には、必ずその背後にある経営課題や戦略目標を問いかけてみる
  2. 経営戦略に基づく提案を行う際には、顧客の予算サイクルや投資優先順位との整合性を必ず確認する
  3. 短期的な「Win」となる具体的な提案と、長期的な「Win」をもたらす戦略的な視点を組み合わせる
  4. 顧客タイプや状況に応じて、二つのアプローチのバランスを柔軟に調整する

このような両輪のアプローチを実践することで、貴社のアカウントプランニングはより価値あるものになり、顧客との関係も単なる取引先から真のビジネスパートナーへと発展していくことでしょう。

今日から、あなたのアカウントプランニングに、経営戦略理解とIT投資フォーキャスト、両方の視点を取り入れてみませんか?その一歩が、顧客にとっても自社にとっても、大きな価値を生み出す始まりとなるはずです。

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