部下の退職をマネジャーの責任にする前に知っておくべきこと」〜4つの退職要因を整理する〜

「また若手が辞めた。お前のマネジメントに問題があるんじゃないか」

そう言われた瞬間、言葉に詰まった経験のある営業マネジャーは、決して少なくないはずです。


自分なりに向き合ってきたつもりなのに、結果として「あなたのせい」と言われる。
その理不尽さと、「でも本当にそうなのかもしれない」という自責が、同時に押し寄せてくる感覚は、
現場のマネジャーにしか分からないものがあります。

「部下の退職=上司のマネジメント不足」という論調は、
ビジネスメディアや人材開発の文脈で繰り返し語られ続けています。

上司の言動が退職の引き金になるケースが一定数存在することは事実であり、
この論調に根拠がないわけではありません。

しかし、すべての退職を上司個人の責任に帰着させることは、
問題の著しい単純化であり、本来取るべき組織的対応を遠ざける危険性があります。
そして何より、誠実に働いているマネジャーを不当に傷つける構造にもなっています。

本記事では、「なぜこの論調が広まるのか」という背景を整理した上で、
退職要因を4つの軸で分解するフレームを提示します。

マネジャー個人の問題として処理されがちな退職を、
組織全体で正確に読み解くための視点をお伝えできればと思います。


なぜ「退職=上司の責任」論は広まり続けるのか

上司は部下の職場体験を決定づける最大の変数である

まず、この論調が一定の説得力を持つ理由から整理しておきます。

職場において、上司は部下の日常業務に直接影響を与える存在です。
評価の基準と結果、業務の配分と量、フィードバックの質と頻度
これらすべてに、上司は決定的な影響力を持っています。

同じ会社、同じ制度、同じ給与水準であっても、
上司が変わるだけで職場体験が劇的に変わることは珍しくありません。

この「影響力の大きさ」は事実であり、否定すべきものではありません。
問題は、影響力が大きいことと、退職の「原因」であることが同一視されてしまう点です。
変数が大きいことは、それが唯一の変数であることを意味しません。

「改善の標的」にされやすいのはなぜか——コンサルとメディアの論理

退職問題において上司がクローズアップされやすい背景には、
もう一つの構造的な理由があります。

それは「解決策を提示しやすいか否か」という観点です。

会社の給与水準を引き上げる、昇進の詰まりを解消する、事業モデルそのものを転換する
これらは、経営の根幹に関わる意思決定を伴う難題であり、コンサルティング会社もメディアも
「こうすれば解決します」とは簡単に言えません。

一方、「マネジャーのコミュニケーション改善」や「1on1の導入」であれば、
具体的な研修プログラムやメソッドとして提示できます。
解決策が商品になりやすく、記事として書きやすい。
退職問題を「上司のマネジメント課題」に還元するビジネス的インセンティブが、
この論調の再生産を支えている側面は無視できません。

「バズる構図」としての上司スケープゴート

退職語りが拡散しやすい理由もあります。

複数の要因が絡み合う複雑な現象は、そのまま伝えると「よくわからない話」になります。

読者の共感を得やすいのは、明確な加害者と被害者が存在するストーリーです。
「上司のパワハラで限界が来た」「評価を正当にしてもらえなかった」という語りは、
誰もが直感的に理解し、感情的に反応できます。

この「ストーリーとしての分かりやすさ」が、
退職の複雑な要因を「上司の問題」に圧縮する傾向を生んでいます。

これは上司を擁護するための議論ではありません。
問題の所在を正確に把握しなければ、有効な打ち手を設計できないという、
組織としての実務的な問題提起です。


退職の実態——上司以外の要因が引き起こすケース

退職の要因は、上司のマネジメント以外にも多岐にわたります。以下に代表的な要因を整理します。

会社・組織の構造的要因(現場マネジャーにはどうにもならない壁)

現場のマネジャーがどれだけ優秀で、どれだけ部下に誠実に向き合っていても、
組織・制度の構造的問題はカバーできません。

構造的要因具体的な状況
給与水準の問題市場相場と自社の報酬体系の乖離。同年代・同職種の転職先と比較したとき、賃金格差が可視化される
昇進・昇格の詰まりポストが空かない、年功序列が強固で評価が昇給に反映されにくい
会社の将来性への不安事業の停滞、市場でのポジション低下、経営方針への不信感
企業文化とのミスマッチ入社後に明らかになる組織風土(意思決定の遅さ、同調圧力、変化への抵抗)との根本的な不一致

これらの問題に対して、「マネジャーが1on1を増やす」「フィードバックの質を上げる」といった施策は、
症状を一時的に和らげることはできても、根本的な解決にはなり得ません。
退職が続く組織において、この見極めをせずにマネジャー研修を繰り返すことは、
問題の本質を放置し続けることと同義です。

部下個人の内発的要因——前向きな離職と、少し厄介な離職

退職には、本人に起因する内発的な要因も存在します。
これを大きく2種類に分けると、現場のマネジャーとしての見え方がかなり変わってきます。

① 前向きな内発的要因(キャリアの意思決定)

「まったく別の業界に挑戦したい」「起業・独立の準備が整った」「パートナーの転勤に伴い地方へ移住する」
これらは、現在の上司や会社に特段の不満がなくても起きる退職です。

個人のキャリア選択として尊重されるべきものであり、
「防ぐべき退職」とは本質的に性質が異なります。

こういった退職に対して自責を感じる必要はありません。

② 認知の歪みや視野の狭さが引き起こす離職

もう一つ、現場のマネジャーが「理不尽だ」と感じやすいタイプの離職があります。
それは、部下側の認知や視野の問題に起因するケースです。

たとえば、こういった場面を思い当たる方も多いのではないでしょうか。

  • 「自分はもっとできるはずなのに、なぜ評価されないのか」という強い自己評価と、
    実際の業務パフォーマンスのギャップを受け入れられない
  • 大学の同期がSNSで輝いて見える、同期入社の誰かが先に昇進した
    そういった比較の中で、焦りと不満が膨らんでいく
  • ちょっとした業務上の指摘を「自分という人間を否定された」と受け取り、
    「もうあの上司の下では働けない」という結論に至る
  • 「この会社のやり方は間違っている」と断じて、自分の視点の限界に気づかないまま辞めていく

こうした退職は、上司のマネジメントの問題というより、その時点での部下の認知の成熟度の問題といえます。
20代前半の若手が、自分の市場価値や組織の中での立ち位置を正確に把握できていないこと自体は、
ある意味で自然なことでもあります。

しかしそれが退職という行動と結びついたとき、
残されたマネジャーは「何がいけなかったのか」と抱えきれない自責を負わされることになります。

ただ、ここで重要なのは「だから部下が悪い」と結論づけることではありません。

この種の離職に対してマネジャーが関与できることは確かにあります。
それは、早い段階から「現実との対話」を促す関わり方をしていたかどうかです。

褒めるだけの1on1、耳障りのいいフィードバックだけを繰り返していると、
部下の自己認識は現実から乖離していきます。

ある日突然、現実との落差に気づいたとき、そのショックは「裏切られた」という感情に変わりやすい。
逆に言えば、日頃から現実を丁寧に、しかし誠実に伝え続けているマネジャーの下では、
こうした衝動的な離職は起きにくくなります。

この種の離職を「防ぐ」というより、「育成の質を上げることで自然に減らしていく」という発想が、
実務的には有効です。

外部環境(流動化する労働市場と引力)

転職市場の構造が、この10年で大きく変化していることも見逃せません(確度保証なし・実務的な観察として)。

かつては「転職=リスク」という認識が強く、
現職への不満が相当程度蓄積されなければ転職行動には至りませんでした。

しかし現在は、転職エージェントや直接スカウト型のサービスが浸透し、
特に若手・中堅層には日常的にオファーが届く環境になっています。

この変化が意味することは、「不満の閾値が下がっている」ということです。
上司や会社への不満が「許容範囲」であっても、
条件の良いオファーという外的引力があれば退職判断に至るケースが増えています。

「自分は何もしていないのに引き抜かれた」という感覚で辞めていく若手も少なくありません。
こうした退職を、上司の責任として論じることには無理があります。


「上司の責任論」に支配された組織で何が起きるか

退職要因の分析を誤ると、施策の方向性も誤ります。
上司個人への責任帰属が組織の標準的な解釈になったとき、現場では以下のような弊害が生じます。

マネジャーが防衛的になり、育成の本質が損なわれる

「部下を辞めさせるな」というプレッシャーを受け続けたマネジャーは、
マネジメントの重心を「育てること」から「嫌われないこと」へと静かにシフトさせていきます。

具体的には、こういった変化が起きます。

  • 成長課題を指摘することを避けるようになる
  • 困難な商談への同行を「経験のため」と言えなくなる
  • 叱るべき場面で曖昧に流してしまう
  • 問題行動に対して「まあ、本人なりに頑張っているし」と見て見ぬふりをする

これは単純な「甘いマネジメント」ではありません。
退職という結果に対して責任を問われる構造がある限り、
マネジャーは自己保全のためにこの行動を選び続けます。

皮肉なのは、「辞めさせないために甘くしたマネジメント」が、部下の成長実感を奪い、
最終的に離職を招くという逆説が生じる点です。

「ここで成長できない」「自分が活躍できるイメージが持てない」という理由は、
退職理由として頻繁に挙げられます。

人事施策が「マネジャー研修」に終始し、構造的問題が放置される

退職の責任をマネジャー個人に帰着させると、
組織としての対処が「マネジャー教育」に集約される傾向が生まれます。

マネジャー研修、1on1のフォーマット整備、コーチングスキル向上
これらは有効な施策ですが、あくまで「上司要因」への対処です。

給与水準、昇進設計、評価の透明性といった「会社構造要因」は、
マネジャーの能力を高めても解決しません。

「研修を繰り返しているのに離職が減らない」と感じている組織の多くは、
施策の対象が間違っています。

退職の原因分布を正確に把握しないまま、
アクセスしやすい「マネジャー責任」に手を打ち続けている状態といえます。


退職原因を正確に読むための構造的フレーム

では、退職要因をどのように分析すればよいでしょうか。
以下に実務で活用できるフレームを提示します。

退職要因を分解する「4軸分析」

退職の要因を以下の4軸で分解することで、組織としての問題の所在を特定しやすくなります。

要因軸主な内容主な対処主体
①上司・マネジメント要因フィードバックの質・頻度、関係性の問題、育成機会の設計現場マネジャー
②会社・組織構造要因給与水準、昇進設計、企業文化、将来性への不安経営・人事
③個人の内発的要因キャリアチェンジ、ライフイベント、認知の歪み・視野の狭さ本人・HRBPの関与
④外部環境要因転職市場の流動化、スカウトによる引力組織として引き留め魅力の設計

退職が発生した際、この4軸のどこに起因しているかを特定することが、有効な施策設計の出発点になります。
「また一人辞めた。マネジャーのせいか」という分析の省略を避け、
4軸すべてを検討するプロセスを組織として習慣化することが重要です。

退職面談・アンケートの落とし穴——なぜ本音が出ないのか

退職要因を把握する手段として、退職面談や退職者アンケートを活用している組織は多いです。
しかし、これらのデータには構造的な限界があります。

退職者が退職面談で本音を語ることは、多くの場合ありません。

「一身上の都合」「キャリアアップのため」という回答に集約されるのは、
退職者にとって「本音を言うことにメリットがない」からです。

残留者との関係、リファレンスチェックへの影響、感情的なトラブルのリスク
これらを考えれば、波風を立てない回答を選ぶことは合理的な行動です。

表層的な退職理由データに過度に依存した分析は、施策設計を誤らせます。
退職面談の結果よりも、
在職者のエンゲージメント調査や日常的な1on1での発言傾向、業務アサイン後のパフォーマンス変化といった
「予兆データ」を多角的に収集・分析する仕組みのほうが、実態把握に近づけます。

「予防可能な離職」と「構造的に正しい離職」を分けて考える

すべての退職を防ぐことが、組織として正しい目標設定とは限りません。
退職を2種類に分けて考えることが有効です。

① 予防可能な離職
マネジメントの質、職場環境、成長機会の欠如、処遇への不満に起因するもの。
組織の努力によって減らすことができる領域であり、施策を打つべき対象です。

② 構造的に正しい離職
キャリアの転換、ライフステージの変化(育児・介護・Uターン)、業種・職種の転向意欲、
組織の方向性との根本的な不一致。
これらは止めることが本質的に難しく、また止めるべきでないケースも多いです。

「全ての退職を防ぐ」という前提で施策を設計すると、
②に属する退職を無理に引き留め、本人にとっても組織にとっても不健全な状態を長引かせることになります。
一定の退職は健全であるという認識を、経営・人事・現場マネジャーが共有することが必要です。

重要なのは「離職率の数値」ではなく、
「誰が辞めていて、誰が残っているか」という質的評価です。


では、マネジャーと組織は何をすべきか

フレームを踏まえた上で、実務としての対処を整理します。

マネジャーが管轄できる範囲に集中する——「活躍環境の設計」という本質

マネジャーが本来フォーカスすべきことは、「辞めさせないこと」ではなく「活躍できる環境をつくること」です。
この目的の設定を変えるだけで、マネジメントの重心が変わります。

若手が早期に離職する理由として頻繁に挙がるのが「自分がここで活躍できるイメージが持てない」という感覚です。この感覚に対して有効なのは、以下のような具体的な設計です。

マネジャーが設計すべきこと具体的な行動
6ヶ月・1年後の活躍イメージを言語化する「半年後にはこの商談を一人で担当してもらう」という具体的な期待を伝える
成長機会を意図的に設計する難易度の高い商談への早期同行、主体的な役割付与
成長の実感を可視化するフィードバックを行う「先月と比べて、ここが変わった」という具体的な変化の指摘
信頼していることを行動で示す任せて、責任を持たせて、フォローする

これらは「辞めさせないための施策」ではなく、「活躍させるための環境設計」です。
目的を正しく設定すれば、結果として定着率も上がる。これが本質的なリテンションの構造です。

組織・人事が担うべき構造的課題の整理

マネジャーには手が届かない課題を、組織・人事として対処することも不可欠です。

給与・処遇の競争力確保
市場相場との乖離を定期的にモニタリングし、報酬水準の見直しを行う体制を整えます。
「頑張っても給与が上がらない」という構造は、マネジャーがどれだけ優秀であっても補いきれません。

キャリアパスの可視化
「この会社でどう成長できるか」「どのようなステップでどのような役職に就けるか」を具体的に示すことが、
内発的な定着動機を醸成します。曖昧なキャリアパスは、優秀な人材ほど早く見限ります。

評価の透明性確保
評価基準の明確化と、評価結果に対するフィードバックの質・頻度の向上。
「なぜこの評価なのか」が分からない状態は、組織への不信感の蓄積につながります。
また、評価の透明性が高い組織では、部下側の「自分は正当に評価されていない」という
認知の歪みも起きにくくなります。

心理的安全性の制度的担保
個別のマネジャーの人柄に依存した心理的安全性は脆弱です。
問題提起・失敗報告・異論提示が評価に悪影響を与えない仕組みを、
制度として組み込む必要があります。


まとめ:問うべき問いを正しく立て直す

本記事で論じてきた内容を整理します。

「退職=上司の責任」論が広まる構造的背景:

  • 上司は部下の職場体験に最大の影響力を持つ変数であり、目立ちやすい
  • 解決策を商品化しやすいため、コンサルやメディアがこの論調を再生産する
  • 「分かりやすい悪役」として上司が機能しやすいストーリー構造がある

上司以外の退職要因:

  • 給与・昇進・企業文化など、現場マネジャーにはカバーできない会社構造の問題
  • キャリアチェンジや家庭事情など、本人の内発的な判断による退職
  • 認知の歪みや視野の狭さに起因する衝動的な離職
  • 転職市場の流動化による外的引力の増大

上司責任論が組織にもたらす弊害:

  • マネジャーが防衛的になり、育成の本質(挑戦機会の付与、正直なフィードバック)が損なわれる
  • 施策がマネジャー研修に集中し、会社構造の問題が放置される

退職を正確に読むためのフレーム:

  • 4軸(上司・会社構造・個人内発・外部環境)で分解する
  • 退職面談の表層データに依存せず、在職者の予兆データを収集する
  • 「予防可能な離職」と「構造的に正しい離職」を区別する

退職は「掛け算」で起きます。「上司のマネジメントさえ改善すれば解決する」という単純化は、
組織の問題認識を歪め、有効な施策の設計を妨げます。
そして何より、誠実に働いているマネジャーを必要以上に消耗させます。

問うべき問いは、「誰のせいで辞めたのか」ではありません。
「この退職はどの要因軸で起きたのか」「予防可能だったか」「組織として何を改善すべきか」
この問いに正確に向き合う組織だけが、退職を経営課題として実効性のある形で対処できます。


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