「また聞き取りだけで終わったの?」
「はい…。先方の状況はよく分かったんですが、次回までに宿題を持ち帰る形に…」
ある製造業向けの営業会議で、30代中堅の営業担当と営業部長のやり取りです。
商談報告シートにはびっしりと顧客情報が書かれている一方で、
「自社としての提案仮説」や「打ち手のアイデア」はほとんど Blank。
部長は頭では「仮設提案型営業にシフトしないといけない」と分かっていながら、
現場では従来型の「聞いてから考える営業」に戻ってしまう…。
そんな葛藤を抱えていないでしょうか。
一方で、同じ業界・同じ規模感の他社では、
営業メンバーが当たり前のように「仮説」を持って訪問し、
「前回の仮説をこう修正しました」と議論が進んでいく。
この違いは、営業パーソン個々のセンスや能力だけでは説明がつきません。
仮設提案型営業が「できる人だけの属人的スキル」で終わる会社と、
「組織の標準行動」として定着させる会社。
その分岐点は、営業マネジメントの設計にあります。
なぜ仮設提案型営業が「スローガン倒れ」で終わるのか
ここ数年、「仮説思考」「インサイトセールス」「コンサル型営業」といったキーワードは、
多くの営業組織で聞かれるようになりました。
研修も行い、フレームワークも配布した。
それでも現場に聞くと、
「分かってはいるが、実際の商談では時間がなくて」
「仮説を立てたいが、情報が足りない」
といった声が返ってきます。
よくあるパターンは次のようなものです。
- 研修で「仮説の立て方」を教えたが、日々の案件レビューは相変わらず「進捗確認」と「根性論」中心
- SFAには「次回アクション」は入力するが、「提案仮説」や「顧客の変化シナリオ」は入力項目にない
- 受注した案件は「売上貢献」として称賛されるが、「どのような仮説が当たり、どう修正されたか」の振り返りはされない
- 部長や課長自身が、新規案件に対して「仮説を持って臨む背中」を十分に見せられていない
つまり、「仮説を立てよう」というメッセージは出しているものの、それを支える仕組みや会話の設計が追いついていないのです。
この状態で仮設提案型営業を求めると、結局は一部のセンスのある社員だけが実践し、「うちは人によりけりだよね」で終わってしまいます。
仮設提案型営業が定着した組織の“当たり前”の姿
では、仮設提案型営業が組織として根付いている会社では、どのようなことが“当たり前”になっているのでしょうか。いくつか具体的な風景で描いてみます。
・商談前の打ち合わせは「聞き取り事項の確認」ではなく、「顧客の現状仮説」と「起こりうる変化シナリオ」のすり合わせから始まる
・案件レビューでは、「今の提案仮説は何か?」「それはどの情報に基づいているか?」「次回商談で検証したいポイントは?」が必ず問われる
・SFA画面には、金額・確度だけでなく、「顧客の課題仮説」「価値提供の仮説」「検証すべき前提」が入力されている
・受注事例の共有会では、「この案件はこう勝った」よりも、「最初の仮説はこう外れ、顧客との対話でこう修正された」が語られる
・営業マネジャー自身が、メンバーより先に仮説を出し、「違っていたら一緒に修正しよう」と口癖のように伝えている
仮設提案型営業の本質は、「正しい仮説を一発で当てる」ことではありません。
むしろ、「仮説を立てる → 顧客と対話して検証する → 外れたら素早く修正する」というサイクルを、組織として高速で回し続けることに価値があります。
そのためには、「仮説を出すこと」よりも、「仮説を出さないことの方が居心地が悪い」組織文化をつくる必要があります。これを実現するかどうかが、営業部長・営業役員のマネジメントの腕の見せどころです。
定着しない原因を構造的に分解すると見えてくる3つのギャップ
仮設提案型営業が組織に定着しない背景には、いくつか共通する構造的な要因があります。ここでは、現場でよく見られる「3つのギャップ」に整理してみます。
①概念だけを伝えて、具体的な「型」に落とし込めていないギャップ
「仮説を持って行こう」「ソリューションではなく課題から考えよう」といったスローガンは伝えているものの、営業が PC を開いて「さて何を埋めればいいのか」が分からない。
結果として、各自がバラバラなフォーマットで考え、マネジャーがレビューしづらくなります。
②個人のスキル強化に偏り、マネジメントの場の設計が変わっていないギャップ
研修や eラーニングで「仮説の立て方」は学んだが、翌週の案件会議に行くと、相変わらず「今月いけそうか?」「訪問件数は十分か?」といった会話が中心。
日々のコミュニケーションの型が変わらないため、新しいスキルが使われる場がないのです。
③成功事例の共有が「結果」で止まり、「思考プロセス」まで踏み込めていないギャップ
営業表彰では、「この大型案件を受注した◯◯さんです」と成功者を称賛しますが、「最初どんな仮説を立てたのか」「どこで間違いに気づいたのか」「どう修正したのか」までは共有されない。
これでは、属人的な勝ちパターンが組織に再現されません。
この3つのギャップを埋めることこそが、「仮設提案型営業を組織に定着させる」ために、営業部長・営業役員が優先的に取り組むべきテーマです。
現場で機能する「仮設提案型営業の型」をつくる5つのステップ
では、具体的に何から着手すべきか。ここからは、明日からでも実行できる5つのステップとして整理します。
ステップ1:仮説を「3つの要素」に分解して定義する
まず、「仮説とは何か」を組織内で共通言語にします。おすすめは、次の3つの要素に分解して定義することです。
1)顧客の現状・課題の仮説(何に困っている会社だと見ているのか)
2)顧客が目指している状態の仮説(どんなゴールを描いていると見ているのか)
3)自社が提供できる価値の仮説(そのギャップをどう埋められると考えているのか)
この3つをセットで考える癖をつけるだけでも、ヒアリングの質が大きく変わります。
ステップ2:A4一枚の「仮説シート」を標準フォーマットとして設計する
次に、その3要素をシンプルに書き出すための「仮説シート」をつくります。A4一枚で、以下のような項目があれば十分です。
・顧客の基本情報(業種・規模・事業構成など)
・顧客の現状・課題の仮説
・顧客が目指している状態の仮説
・自社が提供できる価値の仮説
・商談で検証したい前提(聞きたいことではなく、“確かめたいこと”)
・検証後の修正スペース(次回の仮説更新欄)
ポイントは、「完璧な仮説を書くことを求めない」ことです。
むしろ、「30分でラフに書いてみよう」「間違っていてもいいから、言語化してみよう」というメッセージを明示し、スピードと量を重視します。
ステップ3:商談前後の1on1を「仮説レビューの場」に変える
仮説シートを用意したら、マネジャーとの1on1の場を、「進捗報告の場」から「仮説レビューの場」に切り替えます。
例えば、商談前の5〜10分で、次のような質問を投げかけます。
・このお客様について、今どんな現状仮説を持っている?
・それは、どの情報をもとにそう考えている?
・今回の商談で、どの前提を検証できたら一番価値がある?
商談後には、
・さっきの仮説で、当たっていた部分と外れていた部分はどこ?
・その気づきを受けて、次回の仮説をどう更新する?
という対話を必ず行うようにします。
このサイクルを回すことで、「仮説を持たずに商談に行くと、1on1で話すことがなくて困る」という状態をつくることができます。ここまで来ると、仮説を立てることが“自発的な準備”になります。
ステップ4:SFAの入力項目に「仮説」を正式に組み込む
次に重要なのが、SFA・CRMといったシステムへの組み込みです。
多くの会社で、入力項目は「案件名」「金額」「受注確度」「次回アクション」などに留まっていますが、ここに「課題仮説」「価値仮説」といった項目を追加します。
そして、「金額や確度より先に仮説を書く」運用ルールを決めると、マネジャー側もレビューしやすくなります。
また、ダッシュボード上に「仮説未入力案件」を可視化し、会議の場で優先的にチェックすることで、「仮説を書くこと」が組織のスタンダードになっていきます。
ステップ5:成功事例の共有会を「仮説の変遷ストーリー」で語らせる
最後に、ナレッジ共有の場を見直します。
受注事例の発表を行う際は、「当初の仮説 → 顧客との対話 → 仮説修正 → 受注」という一連のストーリーで語ってもらうよう設計します。
具体的には、次のスライド構成を指定するだけでも効果的です。
1)案件概要(顧客・金額・競合など)
2)最初に立てた課題仮説・価値仮説
3)商談を通じて判明した、仮説とのギャップ
4)仮説をどう修正し、何を提案に反映したか
5)結果として顧客が得た価値
こうすることで、「この人はなぜ勝てたのか?」という思考プロセスが共有され、属人的なノウハウが組織の資産になります。
成功する組織と失敗する組織の“ほんの小さな差”
ここで、実際にあった2つの営業組織の対照的なケースをご紹介します。
ケースA:研修だけで終わり、現場に定着しなかった組織
ITサービス企業A社では、「仮説思考研修」を全営業に実施しました。
内容自体は評判が良く、研修直後のアンケートでも「明日から使えそう」「顧客理解が深まりそう」といったコメントが並びました。
しかし、3ヶ月後にフォローアップを行うと、「忙しくて仮説シートを書く時間がない」「商談数が多くて準備に時間をかけられない」という声が多数を占めました。
原因を振り返ると、
・案件レビューの場で、マネジャーが仮説について質問していなかった
・SFAに仮説欄がなく、日々の運用に組み込まれていなかった
・受注事例共有も従来通り「売上と提案内容の紹介」止まりだった
といった、マネジメントと仕組みの側面が変わっていなかったことが分かりました。
ケースB:小さな仕掛けで、仮設提案型営業が根付いた組織
一方、同じくBtoB向けサービスを提供するB社では、大掛かりな研修よりも「マネジメントの型づくり」に注力しました。
行ったことはシンプルで、
・A4一枚の仮説シートを作成し、「新規案件は必ず事前に書く」ルールを導入
・週次の案件レビューで、「金額・確度」の前に「今の仮説は何か」を必ず尋ねる
・SFAに「課題仮説」「価値仮説」欄を追加し、未入力案件を会議で取り上げる
・成功事例共有のフォーマットを「仮説の変遷」が見える形に統一
という4つだけでした。
結果として、半年後には、
・商談前の準備が「資料印刷」から「仮説整理」に変わった
・ヒアリング時の質問の質が上がり、商談回数が減っても受注率が上がった
・新人でも仮説のフレームに沿って考えることで、経験者との差が縮まった
といった定量・定性的な変化が見られるようになりました。
両社の差は、「メンバーの能力差」でも「研修会社の質の差」でもありません。
仮設提案型営業を「個人のスキル」として扱うのか、「組織のマネジメントシステム」として設計するのか。その違いが結果を分けたと言えます。
明日の会議から変えられる“小さな一言”
ここまでお読みいただき、「うちも仮設提案型営業を推進したいが、どこから手をつけるべきか」と考えていらっしゃるかもしれません。
すべてを一気に変える必要はありません。まずは、次のどれか一つでも実行してみてください。
・次回の案件会議から、「この案件の課題仮説は?」「価値仮説は?」という質問を1つ加える
・新規案件だけでもいいので、A4一枚の仮説シートを作って書かせてみる
・成功事例共有の場で、「最初に持っていた仮説と、実際の顧客の状況のギャップ」を必ず語ってもらう
これらを繰り返すうちに、「仮説を持たずに商談に行くのは、なんとなく気持ち悪い」という空気が生まれます。ここまでくれば、仮設提案型営業は“属人技”ではなく、組織の“当たり前”になります。
そして、明日の会議からすぐに使える、営業部長の一言を最後にご提案します。
それは――
「この案件について、“今のところの仮説”を3つでいいから出してくれる?」
「正解の仮説」ではなく、「今のところの仮説」でいいと伝えることで、
メンバーは安心して考えを出せるようになります。
この一言が、仮設提案型営業を組織に定着させるための、小さくて大きな一歩になります。
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